夏が終わりましたね。
暑さは残ってますが、心は既に夏を過ぎ秋へと移行しつつあります。
秋は何かと活動しやすい季節です。
食欲、読書、スポーツなど色々な場面で秋を感じる機会があると思います。
余談ですが、先日息子と映画を見に行きました。
「ファインディング・ドリー」という「ファインディング・ニモ」の続編にあたる作品です。
この中で海洋生物研究所が作品の舞台となりますが、そこの場内アナウンスが八代亜紀さんでした。あぁアキだな、と感じた瞬間でした。
さて、9月も後半になりますと彼岸という期間が訪れます。
日本には春と秋の年2回、彼岸という行事が行われます。
お彼岸には何となくお墓参りをする、という方も多いのではないでしょうか。
せっかくですので、ここで年2回も訪れる「お彼岸」の意味を押さえて頂ければ、皆様のお墓参りのクオリティも高まるかと思いますので少し意味を紐解いてみたいと思います。
彼岸とは、もともと到彼岸(とうひがん)という意味があります。
これは私たちの暮らす世界である「此岸(しがん)」から修行によって、仏様のいる安住な世界「彼岸(ひがん)」に渡る、という意味です。
苦しみや煩悩が溢れる「こちら側の岸」から、それらを超えた「あちら側の岸」に渡る努力をする7日間となります。
つまり、この7日間ですっごい修行して一気に覚りへ近づこう!という修行強化週間の意味です。
なんだか「こちら側」から「あちら側」というと、あの世に行ってしまうような、どこか遠くに行ってしまうような雰囲気です。
しかし、仏教ではこちら側「煩悩の世界」も、あちら側「覚りの世界」も、自分の心の中に備わっていると考えます。
私たちは日常の中で怒ったり、悲しんだり、優しくなったりと、心がコロコロと移り変わっています。
怒っている時には地獄の「煩悩の世界」に心がありますし、心が落ち着き人へ優しい気持ちを持てる時は仏の「覚りの世界」に心があると考えます。
つまり、彼岸とは自分の心を見つめ直し、意識的に心を調える強化期間だと思って下さい。
ザワつきがちな日常の中で心を見つめ直す事は、なかなか難しいですが、彼岸というこの7日間だけは「自分の心と向き合う時間」を意識的に取ってみてはいかがでしょうか?
仏教用語で「脚下照顧(きゃっかしょうこ)」という言葉があります。
「自分の足元を見なさい」という意味の言葉です。
とかく私達は他人の失態や過ちは目につきやすく指摘したくなりますが、他者を見る前に、まず自分の足元を見て、自身を調えよ。という意味になります。
それが転じて、履物を揃えよ。という意味で禅宗のお寺などでは玄関に張り紙で記してある事が多いようです。
履物が揃えば、心が調います。
心が調えば、行動が調います。
今年のお彼岸はまず玄関の履物を揃える事から始めてみませんか。
お酒はぬるめの燗がいい
肴はあぶったイカでいい
靴は揃ったほうがいい
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